「ミッドナイト・トラベラー」



映画の中の、監督の娘たちの表情を見て、
この子達が普通に暮らすことが、なぜできないのか、と
切実に思いました。
道路脇の地面の上に寝たり。
難民申請して寝泊まりできても、ノミやダニに苦しんだり。
普通に暮らすという当たり前が、できない子供は一番不条理の被害者だ。。

今、どこにいるかな。大丈夫かな。
情報を手繰り寄せるように、ニュースも見るようになります。

映画の中で、ある日、
監督の娘がいなくなります。
もちろん父親である監督は心配になり、すぐに探しに出ようとしますが、
ふとカメラを構えようかという考えが頭をよぎります。
ひどい姿で見つかる娘、そこへ駆け寄り、泣いている妻、それを撮る自分……
そんなことを妄想して、ひどい自己嫌悪に陥ります。

ドキュメンタリーを撮る人によく聞く葛藤ではあるけど。
この監督の場合は、「あるある」で片付けたくない。
そもそもタリバンに追われる恐ろしい非常事態がなければ、
監督はこんな家族の姿にカメラを向けることもなかった。
もっとほかの作品を作っていられた。
監督を苦しめてるのは、ドキュメンタリーのあり方や自分の監督としての佇まいの迷いを超えて、
今のアフガニスタンの惨状です。

国を追われるとは、難民とは。それを突きつけられ、
政府の大切さを強く感じる映画でした。

血とか、怖いものが苦手という方、この映画は大丈夫、見られるはず。
私がそういうの、苦手だけど、怖さより、悲しさが強かったです。
「映像の世紀」にも残るべき映像だと感じました。
ぜひ。

それにしても、どうなっちゃうんだろう……
どうしたら、平和が訪れるのだろう。
近代史も勉強し直したくて「映像の世紀」の録画を見返しています。

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矢部華恵

Author:矢部華恵
 
機を織るようにつなげていきたい
日々のこと、本のこと、
音楽のこと、出会った人びと…

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