パーティミュージック

ダフト・パンク解散のニュース。
なんか懐かしいような。
悲しいような。

自分自身は、ダフト・パンクに詳しいわけじゃないけど、
SNSを見ていたら、こんな感じの書き込みがあった。

ダフト・パンクをクラブで初めて聞いて、それがやがてクラブでよくかかるようになり、
ラジオでもかかり、テレビでも使われるようになっていくのを、
ワクワクして見ていた。

そんな感じの書き込み。

クラブミュージックが、メインストリームに駆け上っていくのを見るその人の眼差し。
きっと、キラキラしてただろうな。

私は大学生の頃、渋谷のクラブに時々遊びに行った。
渋谷でよく呑んでいた。
多分、勉強と仕事を、子供の頃からやってきて、
いよいよ学校を出てからどうするかという「将来」が迫ってきて、
それから逃れられるのが、渋谷にいる時だったのだ。

渋谷のその当時に行ったバー、友人、知人たち。
話す相手に自分の本名を言わないこともあった。
相手の名前も、別に知らなくていい。もちろん、知っていくこともあるけど。
自分の悩み、自己嫌悪、不安を、言わなくていい関係。
損得勘定なしに、ただ表面的に、でも、滲み出る何かを嗅ぎ分けて、勘で人と付き合う。
あの動物的勘みたいなものが、意外に当たるのは、面白かった。

そんなことを思い出しながら、
夕方、Netflixを開いたら、
おすすめに、映画 「スティーヴアオキ I'LL SLEEP WHEN I'M DEAD」が出てきた。
なぜか今日、やっと、見てみようかなと思えた。

この映画は、Kちゃんが昔、私におすすめしてた映画だ。
私が初めて一人で通うようになったバーの、バーテンダー。
彼は、生まれて初めて私にカクテルを作ってくれた人だ。
いつもおどけている元気印みたいな人で、でもフロアをよく見ていて、
最初は人見知りしてほとんどしゃべらなかった私も、彼が届けてくれる魔法みたいに楽しい時間を求めて、また呑みに行った。
クラブに遊びに行っていて、Kちゃんがひょっこり遊びに来ていたりすると、
より一層楽しくなった。

彼はその後、渋谷の他のお店で働いたりもして、最後は恵比寿に自分の店を開いた。
私は、相変わらず渋谷が好きで、恵比寿にはあまり行かなかった。

それでも。
渋谷にさえ疲れ、
仕事の誰にも、学校の友達にも、家族にも、好きな人にも、話す気力がなくなると、
最後の砦みたいに、恵比寿に行った。
一度、お店に誰もお客さんがいなかった時、いろんな音楽をかけて、
クラブミュージックだけでなく、ロックやら、ソウルやら、いろいろ教えてくれた。
はなえ、アメリカで生まれたのにこれも知らないの?って、次々と。
そして、フランク・シナトラのMoon Riverを流して、彼がアメリカをお母さんと旅した幼少期の話を教えてくれたりもした。
それから店を閉めて、恵比寿駅前 の24時間営業の蕎麦屋で、朝まで、くだらない話をして笑わせてくれた。
恵比寿の空が白んできた朝、ロータリーで彼は
はなえは大丈夫!まったね〜 と手を振って帰っていった。
あれで、頑張ろうってまた思えた。

ある春先の深夜。
知り合いから、
「Kちゃんのとこで呑んでるよ!」と連絡をもらいつつも、
「もう寝るところだからまた今度〜」と答えてしまった。
その時電話口にKちゃんが出て「スティーヴアオキの映画、観た?」と言ってて
まだだよーん、と呑気に返した。
観たら感想伝えよう、なんて思っていたら、
それから一ヶ月もしないうちに
彼は倒れてしまい、
あっという間に逝ってしまった。

Kちゃん、今日やっと見たよ〜。
面白かったよ〜。
なんかわからないけど、最初から最後までずっとツーツーと涙が流れたよ。
スティーヴアオキと彼の父の関係を見て涙しているのか、
Kちゃんを思って泣いてるのかわからなかったけど。
あと、Kちゃん、今日ダフト・パンクが解散したよ。
びっくりした?

桜が咲いて少ししたら命日だな。
命日じゃない日も、思ってるぜぃ。
私もいつかそっちに行ったら、また、Kちゃんの美味しいカクテルの「ミネフジコ」作ってね。


  • 2021年02月23日
  • ALL

Profile

華恵

Author:華恵
 
機を織るようにつなげていきたい
日々のこと、本のこと、
音楽のこと、出会った人びと…

Twitter