「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」

奇妙な映画でした。
あらすじはこちらのyoutubeの概要欄をご覧ください。


こういった類の映画は、あまり得意ではないのですが。
(周りに、AI/サイエンスの関係の映画を好きな男性は、かなり多いですが。よくわからず。)
しかしこの映画は、
あっそうですか。。  はぁ、、
あらぁ〜   へぇ、
うむー!
ってな具合で入っていきました。

今になって思うと、主人公が女性だったということは
見やすさの理由にあったかもしれません。
AI/サイエンスものって、なぜか男性主人公のものが多いイメージあるから。

それにしても、ダン・スティーヴンスの芝居、不気味でおかしかった、、。
  • 2021年11月15日
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映画「明け方の若者たち」

予告貼っておいてなんですけど、予告見ないでタイトルと出演者だけ見て、観に行って欲しい。
丁寧に違和感を汲み取って観ていったらいいなと思う。

黒島結菜さんがとにかく綺麗だった。
この髪型、この役の設定全て、黒島さんだから、ほんとに良いなぁと。

それにしても、つくづく思いました。
明け方のマジックアワー、
そういう感じの空そのものは何百回も観てますけど
マジックなアワーだという感情になれること、そういう状況であることが
尊いんですよねぇ。

しかし、12月31日ロードショーって一体どういう作戦なんだろう。
カップルで観るのかな。
一人で見た方がいいと思うけど。
でも年末年始に一人で見て、精神大丈夫かな。。。
あ、同性の友達ならいいかも。
見終えて、あーでもないこーでもない言って。
それなら、楽しそうだ。


  • 2021年11月14日
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「ミッドナイト・トラベラー」



映画の中の、監督の娘たちの表情を見て、
この子達が普通に暮らすことが、なぜできないのか、と
切実に思いました。
道路脇の地面の上に寝たり。
難民申請して寝泊まりできても、ノミやダニに苦しんだり。
普通に暮らすという当たり前が、できない子供は一番不条理の被害者だ。。

今、どこにいるかな。大丈夫かな。
情報を手繰り寄せるように、ニュースも見るようになります。

映画の中で、ある日、
監督の娘がいなくなります。
もちろん父親である監督は心配になり、すぐに探しに出ようとしますが、
ふとカメラを構えようかという考えが頭をよぎります。
ひどい姿で見つかる娘、そこへ駆け寄り、泣いている妻、それを撮る自分……
そんなことを妄想して、ひどい自己嫌悪に陥ります。

ドキュメンタリーを撮る人によく聞く葛藤ではあるけど。
この監督の場合は、「あるある」で片付けたくない。
そもそもタリバンに追われる恐ろしい非常事態がなければ、
監督はこんな家族の姿にカメラを向けることもなかった。
もっとほかの作品を作っていられた。
監督を苦しめてるのは、ドキュメンタリーのあり方や自分の監督としての佇まいの迷いを超えて、
今のアフガニスタンの惨状です。

国を追われるとは、難民とは。それを突きつけられ、
政府の大切さを強く感じる映画でした。

血とか、怖いものが苦手という方、この映画は大丈夫、見られるはず。
私がそういうの、苦手だけど、怖さより、悲しさが強かったです。
「映像の世紀」にも残るべき映像だと感じました。
ぜひ。

それにしても、どうなっちゃうんだろう……
どうしたら、平和が訪れるのだろう。
近代史も勉強し直したくて「映像の世紀」の録画を見返しています。

映画「サマー・オブ・ソウル」から脱線 足腰でリズムをとる

試写では足りず、
「サマー・オブ・ソウル」、映画館で改めて見てきました。



素晴らしい。
DVD出るかな。そしたら買いたいな。

映画館で、腰と足がムズムズしました。
どうしても、動き出しそうになる。
私は腰と足でリズムをとります。
この映画を見ているとそれがごく自然なことに思えますが、
それで、学生時代に苦い思いをしました。

ソルフェージュという授業がありました。
音楽の譜読み、聴音、リズム、歌など、基礎を訓練する科目です。
私はリズム課題が好きで、得意でした。
(拍子をとりながら、たんたた、った、たたた、みたいに、
擬音を発して譜面に書かれたリズムを言うのです。)
ある日、先生にさされた私は、言われたリズム課題をその場で割と完璧にやってのけました。
イェーイ。
と思っていたら、先生から一言。
「矢部さん、拍子は足ではなく、手でとってください」
はい・・・? 
先生を見ると、こんなふうに、と手で指揮をして見せます。
それまで私は、足のつま先や踵で、拍子をとっていたのです。
リズム課題、やり直し。
今度は足を止め、手で指揮しながら、たたたーっとリズムを言おうとするが、
足と手が同時に動き始めたり、
手が止まったり、
足がどうしても動くのを止められなかったり
体がバラバラになってもう訳わかりません。
簡単なところも、全然できません。
悔しくて、多分先生を睨んでいたと思います。

でも今になって、確かにクラシック音楽は指揮だもんなぁとは思います。
丹田に力を込め、下半身はどしっと構えて、上半身でリズムをとるイメージ。ありますよね。
なんでだろう。下半身をあまりに動かすのは品がないのかしら。
まぁオルガンともなれば足を動かしまくるけどそれはまた別の話として、、。

私が初めて拍子を、意識的に足でとったのは、
ニューヨークの幼稚園だと思います。
クラスにはいろんな人種の子達がいて、しっかり名前を覚えられるようにと
年度始めに、先生の呼びかけでみんなで丸くなって、ぐるぐる歩きながら、
一人ずつ名前を言っていったのです。
ハナエなら、
/っは/なーえ/ (足ズン、ズン)
私の名前、最初は小休符が入るんですね。
アメリカンな発音、イントネーション、リズムですね。
他には
/クリスタル/ッ (足ズン、ズン)
/ッナ/ディーン/ (足ズン、ズン)
/アーシュ/リー/ (足ズン、ズン)
みたいな。

これを繋げていくと、面白いリズムの音楽ができていくんですね。
わー、このクラスだけのリズムだーと、
割と楽しくみんなの名前を覚えられるんです。

だからとにかく足を使えばどんなリズムにだって乗れる、と昔から私は思ってました。
それが大学でバッテン、となった時は、そこそこショック受けました。
(だから音楽のジャンルの問題なんだ、というのはわかっているのですが)

人生で一番かっこいいと感じたリズムは、やっぱり足と腰でリズムをとっているものでした。
高校生の頃、関口知宏さんが旅をする番組を見ていたら、
ジンバブエの村の人々が、歓迎のダンスを、なんとも言えないリズムで踊っていました。
足をスタンプさせながら、腰を腰をくい、くい、と動かして。
めちゃくちゃかっこいい。けど、何拍子なのかわからない。
当時、大学受験のために、13拍子とか7拍子とか、練習していたので、
もちろんその可能性とか、色々探りましたが、
わからないうちにダンスは終わってしまいました。
拍子かわからない、初めての体験でした。
あの映像、打楽器奏者とか作曲家とかが見たら、わかるのかな。
口説き方がわからない美女に出会った男子とはこんな感覚なのかな。違うか。

リズムの習得って、どういう体のメカニズムになってるんだろう。
大学で音楽を学んでも、わからず仕舞いでした。とほほ。

ちなみに一緒にこの映画を見た母は
「周りの大人に囲まれながら夢中で踊るピンクワンピの女の子よかったな。あんたの子供の頃を思い出したよ」
と言いました。
予告にも出てくる女の子です。
わたし、ニューヨークの幼稚園の卒園式で、
音楽に合わせて踊る時、
好きに、自由に、踊りまくっていたようです。
恥ずかしがって動けず、ぼうっとする子供もいる中、
っへーい!はっは〜やっほ〜い、と踊る私。
保護者席の黒人女性が、
"look at that white girl! she can dance!"
と指さしたそうな。
この話、母にしてもらうの、好きなんです。
人生の中の、結構なハイライトだぜ、と思います。
今の私には、そんなことできる自信、ありません。
家で一人でいる時はしばしば踊りますが。それを人前でやるだなんてそんな。

でも「サマー・オブ・ソウル」を観ながらなら、そんな恥じらいもなくなるかも。
好きにリズムを取って、
好きに踊りながら
この映画を見たいものです。
私なら足と腰でリズムを取って。
他の人ならどんな風に、どこでリズムを感じるのだろう。それも見たい。

映画館で、残念ながら今はそれができませんけどね。
つまんないったらない。
でも公開されているうちに映画館で、ぜひ。

「サマー・オブ・ソウル」


この夏、フェスに行けない鬱憤を、この映画で発散できます。

1969年。
ウッドストック・フェスティバルと同じ年。
アポロが月に到着して人間が月面着陸を果たした日。
NYで「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」が開催されていました。
B.B.キング、ニーナ・シモン、スティービー・ワンダー
その他大勢、どのアーティストも超人気/一流ミュージシャンが集い、
30万人の観客達が熱狂の渦に包まれていました。

この映像を撮ったテレビ関係者がいたのに、この模様がテレビ放映される日はなかった。
それが、50年ぶりに発見され、今、世に放たれます。

観衆の勢いを見ていて、暴動が起きやしないかとハラハラもしました。
たぶん当時その会場にいたら、狂喜して音楽を楽しみながらも、
怖かったと思う。
暴力スレスレの音楽だ。

時代背景を考えれば、
キング牧師が亡くなった。
宇宙開発より貧困層へお金をまわせ!、というデモもあった。
ベトナム戦争、マルコムX、ケネディ暗殺。。。

フェスには、警察が警備に来ていました。
同時に、プラックパンサー党からも警備が来ていました。
何かあった際、警察から、フェスの観客達を守るために。
改めて、すごい時代だ、まったく。

ちなみにこの映画、曲リストを見て一曲ずつ聞き返しても、
映画を見たときの興奮にはどうしても届かない。

理由は二つ。
まず、やはりこの観客達と音楽を楽しんでこそ、得られるエネルギーがある。
もう一つは、この映画の編集が素晴らしいことだ。

映画中、フェスの曲は見事に繋いで編集されている。
ダンスパーティのDJが繋いでいるかの如く、曲を気持ちよく連続させている。
そして、曲のブレイク部分やフレーズ、リフレインに、映像編集をしっかり合わせ、
当時の時代の説明、ミュージシャン達の裏事情などが見せられていくのだ。
音楽を聴かせて、意義も見せる。
"this is not just about the music"
と感じる、スンバラしい編集。

監督は、アミール"クエストラブ"トンプソン。
この方、ドラマーで、DJで、音楽プロデューサーです。
初監督作のようです。



30万人の人が足を運び、それ以上の人々が必要とした音楽は、
驚くほど、ノリやすい。
でも、興奮の先に、哀悼や苦みがある。
音楽って、こんなにも思いをのせ、人を繋ぎ、背中を押すものだったんだと、
改めて感じました。

明日、8月27日公開です。

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矢部華恵

Author:矢部華恵
 
機を織るようにつなげていきたい
日々のこと、本のこと、
音楽のこと、出会った人びと…

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